![]() |
スズキコラム【猫とYシャツと腐女子】 サキノハカ/スズキヒロユキ |
| 第8回。 (2009.9.6) 久しぶりなのでポエムを書きました。 中学生日記 「エロくないのにエロく聞こえる単語言ってこうぜ!はいはいはいーまずは俺ね"マンダム"」 「いきなり来たなー荒瀬!右回り?俺ね"エロマンガ島!"」 「…マンコ・カパックhttp://ja.wikipedia.org/wiki%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%91%E3%83%83%E3%82%AF」 「ちょwおまw山村それアウト杉www」 「…インカの王の名だぞ」 「そうきたらもうこれしかないでしょ"クスコ王国"マンコ・カパックが治めてた国家だ!」 「えっ何それどうエロいの?」 「高橋あとで教えてやるから黙ってろ。そしてお前の番だ」 「えー俺かーじゃあ"オマーン国際空港"」 「お前はウブなのか百戦錬磨なのか…どっちだ!」 「次誰?」 「あー、お前だよ」 僕は少し上の空だった。 「えっと…カリフラワー。」 何かよくわからないまま僕は、「新しい」とか「その発想はなかった」などと、 ちょっと一段上のレベルにいる変態としてその後3年間卒業するまで、クラスの男子どもから敬意の眼差しで見られ続ける事になった。 言うまでもなく、3年間、彼女はできなかった… |
| 第7回。 (2009.6.16) 結構お久しぶりになりました。 その間にメンバーの脱退とか活動休止とかあったんでまあその辺は察してくださいこのやろう。 当然、音楽とかバンドとか自分の事とか考えたりしていた訳で、今回はそんな話をしてみようと思う。 バイトすんな。 おやおや、久しぶりすぎていきなり出ちゃいましたね。 …何がって、結論ですけど。何だと思ったの?エッチ! さて、バイトすんな。である。 僕らはミュージシャンである。ミュージさんでもある。 ライブをし、CDを作り売りまあもう音楽をお金に変えている。 「お金のために音楽をやっているわけじゃない!」という言葉もあるが、 これも厳密に言うと捉え方を間違えてる人もいる気がするので言及は避ける。 まあつまり、僕らは糊口するために音楽をやってるはずなのだ。 はずなのだが。 「就職するんで バンド辞めます」 僕はね、こういう言葉が意味がわからないんだ。 たまに聞くんだけど。 (ちなみにうちのバンドでの事ではないです。念のため) 僕はその言葉を聞いた時、そういう人はバンドに対しての考え方がいくつかパターンがあるなって思うんです。 1.宝くじタイプ ドリームがジャンボな人。 「夢の印税生活!」「メジャー行ってモテモテ」みたいな夢を見ちゃっている。 正直言って一番多いタイプだとは思っている。 自分もそう見られているんじゃないだろうかと思うことはある。 総じて「ロック幻想」とも呼ばれる。某バンドが受け止め切れなかったアレ(※要出典)。 夢破れて20代後半から身の振り方を感じ始める。 2.逃避タイプ 堅実な生活が出来そうもないので、あまり自分を怒る人がいない世界としての音楽に逃げ込む人。 3.腰掛タイプ 「職決まるまで楽しい事をやりたいからバンドをやる けどメンバーには言わない だって皆もどっかで見切りつけるでしょ?」 計算タイプ。 人生プランをしっかり立てていて、仕事も出来る。就職に有利な資格もある。如才ないのでモテる。惜しまれながら辞めてゆく。 ざっとこんな感じだろうか。 でも別にいいんだ。宝くじで夢を見るのも、逃避も、堅実な人生プランも。 自分だって宝くじ買…わないけど否定はしないし、逃げたい時には布団に篭もって20時間出てこないし、人生設計なら常に立てては崩れてるし。 それ自体はわるいことじゃないと思う。 問題は、本気で音楽で食っていこうという人間には近づかないでほしいなって事だけなんだ。 もしくは顔に書いといてくれ。 音楽で飯くってく気、ねっす、と。 そういう人たちに振り回されて一番割りを食うのは真剣にやっている人たちなんだ。 さてちょっと話は反れたのだが、バイトすんな。 本コラムの主題である。 バンドマンは音楽を何のためにやっているのだろうか? メジャーというのは最終目標だろうか? 「音楽で飯を食う」 そう、お仕事だ。 食えてない状態の僕が目指すのは食えてる状態だ。 そうこれは就職活動だ。 つまり、バイトしてる場合じゃないのだ。 「シフトリーダーになってさー!」バイトすんな、音楽しろ。 「仕事の関係でライブはあんまり出来なくて」バイトすんな、音楽しろ。 「時給が20円上がった!」バイトすんな、音楽しろ。 「上がった時給がまた下がって580円になったorz」バイトすん…最低時給というのがあってだな、調べろ。 そいで、音楽しろ。 もうあれだ、何だ。ソープ行け。 諸君。音楽で糊口せんと日々精進している諸君。 君がバイトをしているなら、今すぐやめよう。 そして音楽(女体)という宇宙(ソープ)へ… |
| 第6回。 (2009.2.26) Q:付き合って5年になる彼女にコスプレでのHをお願いしたら、連絡が取れなくなりました。どうしたらいいでしょう。 A:ソープに行け。 我々が地平線の先に果てしない希望を抱いていようといまいと、 望むと望まざるとに関わらず、マナかカナかにも関わらず、味気のない明日はやってきてしまう。 だから青年よ、まずは試みるのだ。秤れ、自分を、他人を。未来と過去とを。 そして、地平線の彼方にこう祈れ。 「そうだ、ソープ行こう」 いや、行くな。断じて、否。 行って貰っては困る。 なぜかと言うと読者層の問題だ。 男どもが大挙して「ハードボイルド、あこがれるッス!」と、性と恋の人生相談を山ほど集めては「ソープ行け」で蹴散らすようなコラムではないのだ。 遊郭、花魁、昔の言葉は花があったね。 ていうかソープって。 どうかと思うよ、その呼び方。 紐解けばトルコなんて呼び方もされてた。トルコ風呂。トルコに失礼だよね。 ともかく女性読者はそういったところへ身を窶してしまわれては困るし 男性諸氏もソープにはまられて身を崩されても困る。 北方先生は寓話としてソープ行けと仰ったのだ。 閑話休題。 いやだからソープの話をしたかった訳ではない。 だからといってお上品な話でもない。 今回提案したいのは 「ノーパンには 夢がある」 という事である。 日常の、ちょっとした冒険。非日常への脱出。 冒険でしょ? 見られたら、どうしよう、というスリル。 ノーパンで出かけることによるひそやかでマゾヒスティックな優越感。 「私こんなにおすまししてるけど…ノーパンよ?」 得意げに高らかに優雅に叫ぼう日本の中心(名古屋)で! だからとにかくつまり、ノーパンには、夢が、あるのだ。 ここまで書くともはや、筆者がソープに入り浸りで ∧ ノーパンでいつも出かけながら食パンくわえたノーパン女子と曲がり角でぶつかって恋がめばえる妄想とかしてるとか、 そう思われても仕方がないのかもしれない。 だがひそやかなる楽しみ、それこそが人生の快楽。と筆者は断言する。 提案していきたい。 ちなみに小生言い訳がましいがソープ経験無し、ノーパン経験もなし、だ。ノーパン女子に突然現れられても困る。 曲がり角でぶつかって転んだ女子のスカートの波間に垣間見える夢は常にパンツであってほしい。スパッツジャージ言語道断。ブルマ…あると思います。 じゃあなんでノーパンには夢があるとか言うのか。 ここで、こんな言葉を紹介したい。 「浮気するなら、完全に隠し通して」 そんな女性の意見を耳にした事がある。 男性には耳が痛いかもしれないが、完全に騙しとおすならばそれは真実となるのだ。持ってけ、<s>セーラー服</s>墓場まで。 そうここで!そうここで!提案したい事、はっ、これっ、だっっ! 「ノーパンで外出し、かつ誰にも気づかれる事無く帰宅するまでを過ごす、完全犯罪ノ勧メ」 なのである! 日常は怠惰に流れ落ちる。日々ははやい。異常に早い。 テレビをつけたらびっくりした。「あれ、昨日もフレンドパークやってなかった?ゲスト石原軍団で」 悲しい事に一週間が一日のように感じているのだ。フレンドパークは毎日やってはいない。 関口さんは確かによくテレビに出ているけれども。石原軍団がゲストに来たのなんてもう何年前だ。それがついこないだに感じる。光陰、矢野(ゴト師)。 フランキー為谷がまだ、いる! これは、怖い。 昔はよかった。一週間を短く感じるまでもなく、火曜日にサザエさんがあり、日曜日にサザエさんがあり、一週間が不規則で、変化に富んでいた。 ともあれ火曜日サザエさんを失ってからの世界は混迷に満ちている。指導者なき世界。六日目に神は神に似せた人を作った。モンス○ーエンジンと名づけた。 ともあれ、日々のはやさを嘆くのなら、少年よ、少女よ、ノーパンで街へ出よう。そして隠し通せ。墓場まで。 日々、下がり続ける自分のハードルを再び上げなおすのだ。 ノーパンを隠し通すという、ハードルを。そして、絶対に倒してはいけない、ハードルを。 「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」 ノーパンで街へ繰り出した君はまずこう思うはずだ。 「何て…時間が、長い!」 常人としての鍍金(めっき)は、ふとした瞬間に崩れ去るだろう。君が築き上げたすべては失われてしまうかもしれない。 ちょっとしたきっかけで「ちょ…おま…w」「通報しますた」と等身大の嘲笑と八頭身の侮蔑があなたを襲う事だろう。 もちろん蔑まれる事に快楽を得てしまう人間もいるだろうから、そういう人間にはこの方法をおすすめはしない。ただの変態になってしまうからだ。 ただの変態には興味がありません。 ここでのポイントは「変態という濡れ衣を着せられてしまうかもしれないスリル」によって自分を見つめなおすメソッドだという事なのだ。 普段だらーっと通勤・通学している読者諸氏が、危うく転落人生へ。このスリル。しかも、他人を傷つけるリスクはない。リスクを背負うのは自分だけだ。 自分ひとり、リスクを背負って、死地へと赴く。 腐りきった日常に、冷たい感覚が蘇る。 「俺は…今…生きている!!!」 この提案が、堕落した自分を見つめなおす切っ掛けとして受け入れられる事を切に願っている。 ん?俺はやってるのかって? 「やんないよそんなん やるやついたら顔見てみたいわwwwww」 追記・解説
|
| 第5回。 (2009.1.25) 猿岩石というコンビをご存知だろうか。 いまや、品川庄司の品川に「おしゃべりクソ野郎」とあだ名をつけたり、毒舌キャラで一世を風靡している有吉弘行がかつて、森脇と組んでいたコンビだ。 森脇といっても健児ではない。 猿岩石というコンビをご存知だろうか。 その昔、電波少年という番組で世界を旅し、クソみたいな思いをして日本に帰り、売れた。 一発屋であるにしても、どでかい花火を打ち上げた。 唄を唄っても売れた。 とにかく売れた。 おかしかった。バブルだった。実際バブリーな時代でもあった。 そして、一発屋として、一発屋らしく、散った。 有吉とコンビを組んでいた森脇はもう芸能界を引退している。 彼はその後何か店をやっていたそうだ。 何の店だったのかも、結果今何をしているのかもしらない。 たむらけんじ同様に、成功しているといいのだが。 そんなことは実はどうでもよかったりする。 有吉という人がある番組でいっていた。 とある一発屋に対して放った言葉だ。 「一発屋が再浮上するのってね、もう、無理だよ。100%っていってもいい。」 猿岩石で売れ、そしてまた底辺まで落ち、ピン芸人として、何年かかったかわからない月日を経て復活した一発屋当人が言うのだ。 「再浮上って、不可能だよ」 僕はこの言葉に不謹慎ながら泣いた。 長い月日、相方が夢をあきらめるほどに長い月日を戦って、 「おしゃべりクソ野郎」という武器を手に入れるまで、長い間戦って、 その末に再び、しかも今度は、純粋にほとんど自分の力で再浮上をしてのけた男が言うのだ 「お前にそりゃ無理だ 再浮上なんかできっこねえ」 僕はそこに芸人有吉弘行の厳しさと優しさをみた。 自分がたどった道にどれだけ妥協がなかったか。 自分がどれだけ苦しんだか。 それを含ませながら、言うのだ。 安易な希望を持たせたりしない。 それくらい、厳しい道だと示し、 なおかつ、 「ちょっと先輩に才能ねえよって言われたくらいで辞める奴ならここでさようならだ、だけど、俺に無理だって言われてもあきらめない、 お前がそういう奴なら俺はお前にもう何も言えない、運がよけりゃまたどっかの番組で会おうぜ。」 とでも言っているように思えたのだ。 自分の妄想が過ぎるようにも思えるかもしれない。 だが、事実彼が、有吉弘行がどれだけ僕らの前から姿を消していたかを考えれば、彼の言葉にどれだけの含蓄があるかは言わずもがなだと、僕は勝手に思うのだ。 そんなわけで、僕は有吉が好きだ。大好きだ。 そして俺も頑張ろう、そう思う。 ところで有吉の言葉に泣くのが何故不謹慎かんというと、お笑い芸人の言葉に「泣く」というのは、彼らにとって大変失礼なことのように思うからだ。 だが正直、テレビに彼が出ているからといって、爆笑しまくってるかというと、別にそんなこともない。 まあ、そんなもんだけどね。うん。 全力で、人生かけて頑張っても、大半の人間には鼻で笑われちまう程度のことを、僕らはやっている。 それでも、いや、だからこそ、 全力で生きる意味があるのだと、僕は思う。 全力で生きて、笑われるのだって、 ろくに生きもしないで、誰にも認識されもしないで死ぬよりは、よっぽどいいのだ。 そんなわけで、有吉は、ロックだ。 有吉さん、一緒にバンドやりましょう。 こねえか。
|
| 第4回。 (2009.1.13) 乳首だけでイける女の子が好きだ。 すけべな話だ。肉体の話だ。業の話でもある。 まあ、気負わずに聞いて欲しい。意外とまじめに語るつもりだ。 すけべな女の子、というのは、存在する。 世の童貞少年たちがどれだけ女性に幻想を抱いていようと、原初から性と繁殖への欲求だけがわれわれの文化と繁栄をつなぎとめてきた。 性への欲求が正常に機能している文化は、健康な文化である。過剰な抑圧が軋轢を生む。 このあたりは先達が幾らでも語りつくしている事と思う。 若者よ、本を読め。とくに「書を捨てよ〜」がいい。「青年は荒野を〜」でもいい。そこには君の助平を肯定するさまざまがある。 北方謙三はだめだ。あれはもはやギャグだ。試みの地平を読むくらいなら、江頭2:50のDVDでも観た方がよっぽどいい。 さて、僕は乳首だけでイける女の子が好きだ。 すけべな女の子が好きだ。というのとは、実は若干違う。 すけべな女の子、つまり淫乱性にもいくつか種類はある。 金のために男と寝る女、ただひたすら男根を求める子宮原理主義者、他者への共依存と性欲とを混同している場合。 このように彼女らの淫乱性にはさまざまな出自があり枚挙にいとまがないので割愛する。 とにかく、僕は乳首だけでイける女の子が好きなのだ。 彼女らは、じつは特段性欲が強いわけではないように、僕は思う。 このような決め付けは実に童貞の妄想じみているように思えるかもしれないが、実体、妄想なのは確かなのであって、 諸君らは特段筆者の発言にリアリティを求めたり「詭弁だ!」などとゲバ棒を振りかざしたりしないように、求めてみる。 まあ肩肘張らずに聞いてくれ。 つまり乳首だけでイってしまう彼女らは、別に乳首だけでイきたいわけではないのだ。 女性にとってのセックスの充足感は性器同士の結合であったり、抱擁であったり、接吻であったり、もっと直接的な、接触的な、精神的なもののはずである。 なのに、乳首だけでイってしまうのはなぜか。 もうこれはただひとえに、「そういう身体に生まれてしまった」から なのだ。 そこには、人間というものの、「業」、「カルマ」、そういうものが滲んでくるのだ。 別に乳首をいじられて絶頂に達してしまうような身体に生まれたかった訳ではない。 セックスに安息を、セックスに忘我を、セックスに開放を、求めるならばすべからく答えは「子宮」だ。 婉曲的な言い回しになることもあるが、少なくともそれ以外の答えが返ってきた事がない。 女どもは(あえてこう言おう)、常に子宮でものを考えているのだ。 僕はそのことに時々嫌気がさすときがある。同様に、男どもの下半身についてだって同じことを思う。 セックスについて考えるとき、人間はその嫌悪感と欲求の板ばさみの中、結局的に常に「馬鹿」になる。 だがセックスは人類の繁栄において必要な営みであり、たといセックスばかりをしていて頭が悪くなったとしても、「子沢山」と揶揄され 「毎年よく励むわよねえ」「お前下の妹と10ヶ月しか違わないんだって?」などと後ろ指差されようと、 主は6日目に、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」と仰っているのだ。 無神論者の僕が何をかいわんや、だが。 ともあれ子沢山は誇っていい事なのだ。一人っ子政策、くそくらえ。音楽なんて要らん、こう叫べ、ノーセックス・ノーライフ。 つまり、セックスは、本来後ろ指を差される謂れのない、正当で、正統な行為なのだ。 ところが、 乳首だけでイっちゃった。 こうなるともう訳がわからない。 本来神がお考えになったプレイの範疇を超えている。 僕はそこに感じるのだ。ロックがそうであるような、「逸脱」の気配を。 それも、本来的にあるべき、肉体が求める衝動として。そして、そうならざるを得ない「業」として。 生まれ付いて僕らは、変態、なのである。 性を区別し、差別し、汚らしいものとして排除し。 だけど、肉体は叫んでいるのだ。 私の身体は、こんなにもいやらしい。 本来繁殖のためには必要のないはずの部位で行為で快楽を得てしまう。 それは抑圧され、圧殺されてしまうもの。 抑圧、差別、鬱屈、そういった負の気配をはらみながら、開放されるときを待っている。 本来的な意味での変態とは、人間にとっての「文化」そのものであるように僕は思う。 野生動物の営みに変態性を感じないように、肉体が求める欲求は本来「変態性」とは程遠いはずなのだ。 だのに、本来「変態」であるべき連中が、肉体を「変態」へと貶め、「理性」の皮を被りあざ笑うのだ。 僕は、ロックに似ていると思う。 抑圧、鬱屈、"持たざる者の反抗"、マイノリティ。 どうしようもない衝動。 絶望的なまでに欲望的。 結論。乳首だけでイっちゃう女の子は、ロックだ。 と言うわけで、乳首だけでイけちゃう女性、連絡ください。 一緒にロックやりましょう。 楽器不問。 間違いが起きないように、既婚者で身持ちが固い方希望。 25〜30歳。 いねえか。 |
| 第3回。 (2008.11.22) お☆ひ☆さ〜 こんばんわサキノハカ鈴木です 皆、おげんこ? おげんこだっちゅ〜の! もみじまんじゅう! ナハ!ナハ!ア〜ダ〜モ〜ス〜テ〜、ペイッ!(違うの混ざった) というわけで初っ端から時代的な意味で自虐挨拶ではじまりました。 最近コラム書いてなかったので自罰です。 めっきし寒くなってきましたがいかがお過ごしでしょうか。 ノーミュージックライフ! 音楽を最近ぜんぜん聴いていません。なぜなら、自分たちのアルバムばっかり聴いているから! そうCD出たんですよついに〜サキノハカ3年半ぶりのニュー●ルバム、「向日葵」「紫陽花」! これについては、後日このgisinankiページでごにょごにょごにょ…こうご期待! というわけで3年半ぶりのリリースです。 いや長かったこの3年半…出したくないとか、曲がないとか、そういうわけではまったくなかったのでね。 僕らもただひたすらに待ち続けました… 同じように待ってくれた人たちには申し訳なかったけれど、今回ついに出来たのでね。へいお待ち! 僕らを知らない人も、もし興味を少しでも持ってくれたら、今からでも遅くない!ぜひ! サキノハカの音をキミの耳に流し込んでくれたまい。とろけるぜ…? はい告知終了〜。 そんなわけでサキノハカというバンドをやってますけども。 最近どうにも、ライブに足を運ぶ人が減った!という声をやたら聞きます。 うーん。寂しいことです。自分がバンドをはじめた切っ掛けは、ひとのライブで感動したからだったし、 ライブハウスって場所で起こることは、いつもスペシャルだったし楽しい事件でした。 今は、そうじゃなくなってるのかな…? それは、わからないけど今も昔も、僕らのステージの上、gisinankiのステージの上、 とてもエクセレントでマーベラスな事になってるのは確かなんです。 若い子はライブハウスって怖いとか敷居がとか思うかもしれないし、何度も来てる人は飽きちゃったのかもしれないけど、 そういう時代だからこそ、新しい息吹は芽生えはじめてますよ。だめなもんは消えてくもの。 消えないぜ〜俺らはよう。だって底抜けに楽しんだもんよ! もっと踊ったり叫んだりしていいんだ。踏み出そう、世界は変わる、キミの一歩で。 さあ、僕と一緒においで! 一緒に、自衛官になろう! |
| 第2回。 (2008.6.20) 最近、とみに思う。 どうせ自分などが売れ線を狙ったところで 所詮傍流の人間なのだから、全身全霊で売れようとしてみること=サービス精神で音楽をすること。 それくらいした方がよいのではないかと。つまり、「もっと売れて行こうよ!」(松岡修造が言っているのを想像してください) まあしかし、僕の貧困なイメージでの「売れ線狙い」なんて ・ライブで手拍子 ・コールアンドレスポンス ・MCでいいことを言う 程度のことである。 で、僕の実際はといえば、 ・曲と無関係な手拍子を要求 ・コールアンド静寂 ・MCでうそをつく というようなものだ。20代前半は、これが売れ線狙いだと思ってやっていた。 ちなみに楽曲は ほぼすべて自分では売れる曲だと思って作っている。 ちなみに赤いキャンディは30万枚売れた。脳内で。 普段から身勝手な音楽をつくってやって、それでお金をもらっているわけで、そのくせ売れたいと願ってるわけだから、サービス精神くらい何するものぞと。 だから できる事は全部やんなきゃなァ、と、思う。 身勝手な人間が 身勝手なまま愛されようだなんて なんて身勝手な だから、鍛錬も自分を磨く努力も、もっとすべきだと思う。なので… ・とりあえず毎晩10km走っています それがどう音楽やサキノハカと繋がるのかを考えると、これもある意味身勝手かもしれない。 …続きます。 |
| 第1回。 (2008.6.12)
人と会いたくないのはデフォルトです!落ち込んでるからじゃありません! とはいえ会う約束自体はあるのだ。GAUCHE長島さんと呑む約束をしていまだいけてない。こんな事じゃいけない。 |